監視者(コラム)

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監視者。

私は監視されている。そう確信したのは、数分前。部屋の隅でうずくまるようにしている気配に、こちらの背筋がピンと伸びた。

誰かが、いる。ただの気配じゃない。確実に、こちらを狙っている視線だ。息を潜め、わずかに首を動かして確認する。

いた。黒く、鋭い二つの目。窓際の影から、じっとこちらを見つめている。まるで今にも飛びかかってくるような、そんな構え。

その目の主は──タイガ。うちの猫だ。

……いや、そう、猫なのだ。でも今この瞬間だけは、完全に“何か”だった。暗がりに潜み、全神経をこちらに向けている気配は、どう考えても小動物のものじゃない。

よく見ると、タイガは段ボール箱にすっぽりと収まっている。箱のふちから顔だけをぬっと出して、こちらの出方をうかがっている。完全に待ち伏せ型の構えである。まったく、スナイパーかお前は。

猫という生きものは、なんでこうも箱に目がないんだろうね。それも、そこらに転がってる段ボールみたいな地味でどうでもいいやつに、だ。

タイガは、買い物帰りの袋の中身を出してる横で、すでに箱をガン見している。まだ食材が入ってるってのに、前足をズボッと突っ込みやがって、「これ、オレのやつな」みたいな顔をする。

大きさなんか関係ない。入れそうなら入る。入れなさそうでもとりあえず入ってみる。半分体がはみ出してても「どうだ」と言わんばかりに、あたりを睨む。

たぶん、あの狭くてちょっと暗い感じがいいんだろう。野生の名残とか、安心できるとか、いろいろ言われてるけど、正直どうでもいい。本人が満足してゴロゴロ言ってんだから、それでいいじゃないか。

それにしても、猫が箱におさまってる姿はなぜああも妙におさまりがいいのだろう。なんか、こう……「人生で一番うまくいった感じ」って顔してるんだよな。人間で言えば、昼から銭湯に入ってビール飲んだあと、畳の上でうとうとしてるオヤジみたいな顔。もう、なにもいらんって感じのやつ。

それを見てるこっちは、なんだかちょっと羨ましい。あんなふうに満足げに過ごせたら、まあ人間も悪くないか、と思えるわけで。

ちなみに今日も、タイガは新しく届いた米の箱に入っている。こっちは中身を出すヒマもなく、猫が先に陣取った。まったく、猫ってやつは。でもまあ、許す。ちょっとだけ、ほっこりするから。

──けれど。

何日かすると、タイガはその段ボールにいっさい目もくれなくなる。見向きもしない。まるでそんなもの、はじめから存在しなかったかのように。

あれだけ気に入っていたくせに、今じゃ通りすがりにひと sniff(スンスン)して終わり。箱の中に転がっていた毛だけが、あの日の執着の名残りとして残っている。

そういう生き物なのだ。猫というやつは。突然熱狂し、突然飽きる。こっちが慌てるくらい、あっさりと。

でも、だからこそいいのかもしれない。何かに執着しすぎず、気ままで、気分で、今日を生きる。人間にはなかなかできない芸当だ。

猫は今日も新しいレジ袋に頭を突っ込んでいる。それが次の“マイブーム”らしい。私はそれを横目に、さめかけたコーヒーを飲み干す。

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