雨とチョコレートケーキと、紫陽花の午後
午後、傘をさして家を出た。しとしとと降る雨。目的もなく歩いていたはずなのに、気づけば本駒込の駅前にいた。どこかで、あたたかいコーヒーが飲みたくなったのだと思う。
ふと目に入ったのは、ステンドグラスの光がやわらかく漏れる江田珈琲店。名前のない時代の匂いがするような、落ち着いた佇まいの純喫茶だった。
扉を開けると、コーヒーの香りと木のぬくもりが出迎えてくれた。席に着いて、ブレンドコーヒーとチョコレートケーキを頼む。
少しして運ばれてきたケーキは、艶やかなガナッシュがかかったしっとり濃厚な一切れ。フォークを入れると、やわらかな断面からカカオの香りがふわっと立ちのぼる。
口に運ぶと、深い甘さの中にほんの少しのビターさが隠れていて、それを追いかけるように熱いコーヒーをひと口。苦味と甘味が交わるたび、言葉にならない満足感が胸に広がる。
外の雨音は変わらず静かに続いていた。時間がゆっくり流れる店内で、私はただぼんやりと、その音を聞いていた。
雨が少し弱まったのを見計らって店を出ると、傘をさして白山神社へ。境内への石段の両側には、紫陽花が静かに咲いていた。
雨粒をまとった花びらがまるで宝石のようにきらめいて、曇り空の下でも確かに、季節の光を放っている。
雨の日は、何もせずに過ごしてしまいがちだけど、お気に入りの喫茶店でケーキを食べて、静かな神社を歩くだけでも、きっとそれはひとつの「旅」なのだと思う。
コメント