第4章:リポストされた女
Xの通知が鳴ったのは、午前2時ちょうどだった。
沙羅は寝落ちしていたスマホを手に取り、薄暗い部屋で画面を確認した。
通知:あなたに関係する投稿があります。
「彼女を見ましたか?」
(……誰?)
URLのついたその投稿を開くと、真っ黒な背景に──
窓辺に立つ自分の写真だけが、ぼんやりと浮かんでいた。
だが、どこか違う。
──顔が、歪んでいる。
目の位置が少しズレて、頬が裂けかけていた。
それなのに、いいねの数だけは異様に多かった。
「今の方が、映える」
「このフィルター、どうやってるの?」
「ちょっと怖いけど、いい」
「この子、生きてるよね?」
沙羅はスマホを投げ出した。
自分の意思とは無関係に、誰かが自分を“更新している”。
写真も、言葉も、意図も奪われて、ただ「存在の切れ端」だけが拡散されていく。
その日、翔太は新しいカメラを買っていた。
「このレンズすげーんだよ、夜でも目が綺麗に映る」
「……最近、私の目、おかしいって言われてる」
「それがバズってんじゃん。怖いけど、見たくなるんだよな」
そう言って、またレンズを向けてくる。
沙羅は顔をそむけたが、翔太は止めなかった。
「やめてよ」
「なに、今さら。もうここまで来たんだから」
夜。シャワーのあと、鏡を見ると──
鏡の中の自分が、一瞬だけ“笑った”。
表情筋は動かしていない。けれど、鏡の中の顔が微かに口角を上げた。
(……うそ)
慌てて振り返ったが、誰もいない。
息が詰まりそうだった。部屋に戻ると、翔太がまたスマホを見せてきた。
「見てこれ。さっきのやつ、転載されてる。しかもこのアカウント──フォロワー20万」
「#リポストされた女」
「この人の目線、時々カメラじゃなくて“向こう”見てない?」
“向こう”とはどこだ。
誰が、何を見ている?
そして、どこから“沙羅”が離れていった?
深夜。再び、Xから通知が届いた。
通知:
「彼女はあなたを見ています」
※この投稿は24時間後に消えます。
画面の下には、また沙羅の写真。
でも今度は、窓の外。
撮った覚えのない──“外から見た”沙羅の顔。
ガラス越しの笑顔。
その瞳は、確かに、こっちを見ていた。
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