第5章:画面の向こうから
翔太はその夜、眠れなかった。
投稿は今も拡散され続けている。
「リポストされた女」──誰かが勝手に名づけたその呼び名は、いつのまにかトレンド入りし、フォロワーは10万人を超えた。
「無感情な女、ついに動いた」
「あの目線、鏡越しじゃない」
「加工でもCGでもない、これは“写ってる”」
誰かがつくったまとめ動画では、翔太の声すら切り取られ、BGMに加工されていた。
「優しいふりして搾取してる」と書かれたコメントがつくたび、胸がざわついた。
沙羅は、最近ほとんど喋らなかった。
言われたとおりに撮影に応じるが、動きはゆっくりで、まるで生きていないようだった。
(なんだよ……俺、何か悪いことしたか?)
翔太は、モニター越しの沙羅を見つめながら、思った。
そこに写っているのは、もはや“彼女”ではない気がした。
そして──その夜。
配信中のライブカメラに“ノイズ”が走った。
コメント欄がざわつき、通知が止まらなくなった。
「今、後ろ……誰かいた?」
「翔太の顔、変わってね?」
「なんか……見てる。画面越しに見られてる感じ」
「やばい。マジでやばい。目が合った」
翔太は、配信を止めようと手を伸ばした。
だが、その瞬間、カメラが“勝手に”ズームインした。
画面の中──鏡に映った沙羅が、笑っていた。
その笑顔は、これまでのどの投稿より鮮明だった。
そして次の瞬間、コメント欄がこう更新された。
「さわらないで、って言ったのに」
翔太の手が止まった。
鏡の中の沙羅が、カメラ越しにこちらへ、ゆっくりと歩きはじめた。
誰かの部屋の電気が、バチッと消える音がした。
その日を境に、翔太のアカウントはすべて削除された。
だが、匿名の動画投稿者が、次のクリップを公開した。
📲 匿名アカウント「@_リポストの裏側」 投稿
【新着】
彼女の目が、次はあなたを見るかもしれません。
🎥《映像》:暗い部屋の中、鏡に“誰かの顔”がゆっくりと現れる。
💬 コメント欄
– 「笑った……今、絶対笑った」
– 「あれ、俺の部屋の間取りに似てるんだけど……」
– 「彼女、まだ見られたがってる」
画面の向こう側で“誰か”がこちらを見ている。
その目は、沙羅のようで──
沙羅では、ないものだった。
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